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性同一性障害の生活覗いていきませんか?

感動ポルノとコメディ役

ここ2週間色々あって記事の更新が出来なかった。

本当は今回は前回の就職活動の続きを書こうと思ったんだけど、

書き方いかんでは物議をかもしそうだったので、それはもう少し練ってから書こうと思う。

今日は最近話題になっている感動ポルノの事を書こうと思う。

 先週の土日に毎年恒例の24時間テレビが放映された。

子どもの頃は楽しみで楽しみでしょうがなくビデオテープを何個も用意して録画してた気がする。大人になった今は見る事ほとんどなくなったんだけどね。

何で見なくなったのかはただ単にテレビと距離が出来たからなんだけど、

もしテレビを昔と同じように見続けていたとしても多分私は見ていなかったと思う。

 

何故なら最近の24時間テレビのメインコンテンツは障害者が頑張って何かを成し遂げている系だから。努力することが悪いとは思わない。障害者だって何かを成し遂げられたらそれはとても良い事だと思う。

でも、障害者を異常にフォーカスして感動させようとするテレビは一応障害者のくくりに入ってるかもしれない私にはとっても不愉快。

そういう障害者を使って感動を煽るコンテンツを最近じゃ感動ポルノって言うみたい。

言い得て妙なワードだなって思った。

 

障害っていうのは色んな形があって、障害って言葉じゃなくマイノリティーっていう言葉に置き換えたらそれこそ数えたらきりがない数がある。

それをマスメディアは色んな形でお金儲けの道具にしていく。

24時間テレビじゃ体の不自由な人にダンスやスポーツをさせて感動を食い物にし、

私みたいな性別マイノリティーはドラマやコメディで賑やかしか笑いを取る道具にされる。

そんな扱いを受ければ受けるほど私達は普通の人の日常生活から離されていく気がするんだよね。私達は色物扱いって感じがする。

勿論、私たちの偏見を無くそうとドキュメンタリーを放映したりすることもあるけど、

視聴率の高い24時間テレビやドラマなどでそういう扱いしておいて視聴率がそれらより低いであろうドキュメンタリーで逆のことされても世間一般の印象って色物って認識が高まるだけだよね。

 

特にひどいなっていうのが「おかま」「ニューハーフ」「ゲイ」の扱い。

私はおかまやニューハーフではなく性同一性障害だけど、違いをよく知らない人からしたら同じようなもんでしょ?って思われてると思う。だからこそ、そういう人達がテレビで笑われる対象になるのを見れば見るほど辛くなる。

子どもの頃の記憶なんだけど、すごくショックを受けた出来事がある。

あるお固め番組でニューハーフの生活をシリアスに追ったドキュメンタリーが放映された。番組の結末としてはニューハーフは一見楽しく華やかに見えるけど、苦労や困難の方がずっと多いですよ的な話で終わった。

そしてその番組が放映されてからそれほど月日が経たない内に世界の家庭で息子が自分は女になりたいんだって言った場合の家族の反応はいかに!?

みたいな番組があったの。深刻に受け止める家族や、信じられずに取り乱す家族。

それを画面の隅のワイプで笑ってる好感度が高いと言われているタレント。

最終的に全ての家族にドッキリでしたって明かすんだけど、カメラがスタジオに戻ったら、男のタレントが笑いながら「冗談でよかったですよね。」なんて言うの。

私や私の家族からしたら冗談でなく現在進行形の問題を、その番組はそのタレントは視聴率稼ぐために笑いのコンテンツとして扱ったの。

 

同じ局だったか定かではないけど、どっちも民放。メディアっていうのは本当の形としては方向性を定めて一貫したコンテンツ作りをして独自性を出すのが正しいんだと思う。それが情報を扱う、しかも公共の電波を使う者としての役目だと思う。

でも実際はそれを見て、深刻に考える視聴者層とただ単に馬鹿笑いしたいだけの視聴者層どっちにもチャンネルを合わせてもらってお金稼ぎだけがしたいんだよね。

まぁ、私達の方にも悪い面はあるよ。生計が上手く立てられなくて手っ取りばやくテレビで露出して稼ごうって出ちゃう人もいるわけだしね。

 

それ以外にも最近読んだ小説でゲイの扱いがひどいなっていうのがあった。

ある男性キャラクターの特徴を出すために、ゲイを臭わせる描写や雰囲気を出すの。

話すときに身振り手振りが大きかったり、距離が近かったり、ちょっとしたボディータッチがあったりすると、主人公が「ゲイなのかこいつは」って心で思って背筋がぞわっとしたっていう描写をするの。

実際にそのキャラクターは別にゲイではなくスキンシップの多い男性ってだけなんだけど、それだとキャラクター付けが甘いんだろうね。

こういう形でゲイの人が使われるケースってなんか結構目につく。

これを見た読者はやっぱりゲイって気持ち悪いって思っていいんだなって解釈しちゃうんじゃないかな。

 

多分こういう感動ポルノやコメディ扱いは一生なくならないとおもう。100年経っても1000年経っても。それがお金になっているうちはね。

今回の感動ポルノっていう言葉も数か月たったらあまり意識されなくなるんじゃないかな。そして障害者の努力って美しいっていいながら性別マイノリティーがコメディに扱われる番組が流れるいつもの日常に戻るんだろうな。

 

ここまで書いてこのブログを読んだ人は出来ればそうならないで欲しいなって〆たかったんだけど、1日ぼんやり考えていたらこれが資本主義なんだろうなって思っちゃった。

何かの信念や認識の基に形成した社会でなく、全てを貨幣に置き換えて貨幣の存在が一番大事な社会だからこそ稼げそうな物はとことん使う。それが普通の社会なんだと思う。マイノリティーみたいな他の人より変わった部分は自分が稼ぎのネタにされないようにって願いながら生きていくしかないんだろうね。